西巻茅子さんの「わたしのワンピース」を、今度はどんな模様のワンピースになるのかしらとワクワクしながら読んだ方も多いのではないでしょうか。
今回は、その西巻さんが絵本作家になるまでに、どんな人生を送ってきたのか、そして、どんなことを大切に絵本を作っているのかをお伝えします。
絵描きの父親から学んだ描く姿勢
西巻さんは1939年、東京の世田谷に、洋画家だった山口猛彦の福岡県の次女として生まれました。西巻さんは、物心ついたときからいつも絵を描いていて、台所の漆喰の壁は、全面子どもたちのいたずら描きで、おおわれていたそうです。
西巻さんは、父親の姿から“絵は毎日描くものだ”“上手に描こうと思ってはいけない”という二つのことを学びました。
幼稚園の一室で開いたアトリエ教室
西巻さんは学生になっても、幼い頃と同じ、絵を描く毎日でした。学生時代のノートは、ほとんどがいたずら書きで、勉強の文字は少しだったほどです。
東京芸術大学工芸科を卒業すると、西巻さんは、雑誌にカットを描いたり、レイアウトをする仕事につきます。当時、アルバイトで、会社に勤める以上の収入を得ることが可能だったそうですから、いい時代だったのですね。
25歳で結婚すると、安定収入を得るために、自宅近くの幼稚園の一室で、「子どものアトリエ」を開きました。
「同じ色の筆は、同じ色ノボウルに戻すこと」という決まり以外は、自由にのびのびと自由に描かせました。子どもたちひとりひとりが、自分の心にあるものを自由に表現する、その姿に驚いたといいます。
西巻さんは、絵を描くことは、言葉と同じく、人と人をつなぐ大切なコミュニケーションだということを、この時、子どもたちから学びました。
日本版画協会展への出品がきっかけで絵本作家に
子どものアトリエをやりながら、絵本を描いてみたいと思い始めた西巻さんは、2,3年たった頃、芸大の後輩にアトリエを譲り、絵本作りに専念することにしました。西巻さんが絵本作家になりたいと思うようになったきっかけは、長新太の『いそっぷのおはなし』と、田島征三の『ふるやのもり』の2冊を読んだことからでした。“二人の絵は、まるで子どものアトリエの子どもたちの絵のようだ。こういう絵を描いていいなら絵本の絵を描きたい”と思ったといいます。
版画なら、同じ絵が何枚か刷れると考えた西巻さんは、銀座の版画工房に通い始めます。工房の先生の勧めで、日本版画協会展に、5点出品したのですが、それがいきなり賞をとったのです!
ある日、こぐま社の佐藤さんから日本版画協会展の作品を見たが、絵本を描かないかという手紙が届きます。こぐま社は創立2年目で、日本の子どもたちのために新しい作品を生み出そうと思っている時期でした。そうして初めての絵本『ボタンのくに』が出来上がったのです。
西巻さんは、“絵本は何枚かの絵の集合体ではなくて、1冊全部の絵で、ひとつの作品である”ということが、絵本を作ってみて初めてわかったそうです。
こぐま社で、毎年1冊の新作を描いていいと言われたそうですから、よほど彼女の作品が気に入ってもらえたのでしょう。
『私のワンピース』
『私のワンピース』は西巻さんにとって3冊目の絵本です。まだ誰も作ったことのない“絵によって、ページがめくりたくなるような本を作りたい”と思っていた西巻さんは、それを自分のクロッキー帳の中に描かれていたウサギの絵に見つけます。
ところが、こぐま社の会議では彼女のアイデアは認められなかったのです。
「花畑を散歩するだけで、ワンピースが花模様になるのはおかしい。理由をつけなくてはならない」、などと言われました。
それでは従来の絵本と同じになったと思った西巻さんは、自分の考えを押し通しました。
出版されてすぐには、福音館書店の編集者の松居さん以外、新しい発想の絵本とは認めてくれませんでした。けれど5年ほどたった頃には、子どもたちに大人気の本となり、図書館でいつも借りられている本にまでなったのです。
自分の子どもたちへの読み聞かせで学んだこと
西巻さんは、二人の子どもたちが好きな本を1冊ずつ、そして自分が読みたい本1冊、合計3冊を毎晩寝る前に、ふとんの中で読み聞かせしました。子どもたちが大好きだった本に、かこさとしさんの本がありました。
かこさんの本を、よく見るようになった西巻さんは、いろいろなことに気づきました。
子どもは、文字が読めない分、あらゆる情報を、全身の感受性を通して受け取り、描いた人間の心や人格まで読み取るものだとわかったのです。小さな子どもは何ごとも楽しみながら繰り返し、成長していくことも学びました。
子どもの頃に夢中になってやり続けたことがあれば、その記憶が支え続けてくれること、自分の強い思いがあれば、それを押し通すことも大事だということを西巻さんは私たちに教えてくれます。
文:山庭さくら
参考:「子どものアトリエ~絵本づくりを支えたもの」(西巻茅子/こぐま社)